お金が表すものの”価値”。
最近明らかに腕が太くなってきたけいです:)
嬉しい:)))
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さっき初収益の記事を書いたばっかりですが↑、ちょこっとそれに関連した話を。
ぼくは、「稼ぐ」という目的でこのブログをやってないですが、最近「稼ぐ」ことの楽しさを少し感じるようになってきました。
もちろん、数字としてお金が増えていくのを見るのもまぁ楽しいっちゃ楽しいんですが、今回はそーゆーことではなく。笑
自分が生み出したものそれ自体
「稼ぐ」ことの楽しさを感じるようになる中で1つ見えてきたのが、「自分が生み出したものそれ自体に対する”価値”の評価」であることが、重要であるということっす。
少し遠まわしな言い方に聞こえるかもしれませんが、これは、正しく伝えるために選んだことばでありますので。笑
「自分が生み出したものそれ自体」ってのがなんなのかというと、例えば、さっきの初収益の話を考えてみましょう:)
ぼくが書いた紹介記事を経由して商品が売れたから、Amazonさんは紹介料という形でぼくにお金をくれるわけですね。(↓実際の記事)
これは、Amazonさんが、ぼくの記事に紹介料分の”価値”があると評価したから支払われるものです。
ぼくがやってるクラウドワークスや ランサーズ はいい例です。
ぼくがクライアントから仕事を受注し、納期までに記事を書いて納品し、その納品された記事に対してクライアントから報酬としてお金が支払われます。
これも、クライアントが、ぼくが提供した記事という形の”価値”を評価してお金を支払うわけですね。
ぼくが「稼ぐ」ことの楽しさを感じたのはこのような、クラウドワークスやランサーズで、自分が生み出したものの”価値”に対してお金が支払われるっていう取引を通してです:)
「それ自体」ではないところに見出される”価値”
でも、ぼくが去年やってた塾講師のバイトでは、ずっと続けていても、このような楽しさを感じることはできなかったでしょう。
時給制のバイトでは、自分が生み出したもの(”価値”)が、主な評価対象ではありません。
主な評価対象は”消費した時間”であり、塾の講師がお勉強を教えること自体の価値はおまけです。
たまたま生み出したものがそれだった、というだけのこと。
評価するものが全然違います:)
いくら時間を消費したって、時間を消費するだけなら誰だってできます。
だから、それを評価されたって喜びはないんですよね。
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と、またいろいろエラソーに語ったけど、まだ全然クラウドワークス・ランサーズで稼げてはないんですよね〜笑
ま、これからどんどん書いて、イケるとこまでイッちゃいます:)
おしまい。